広島地方裁判所 昭和41年(ワ)624号 判決 1968年7月03日
原告
大伴長松
被告
株式会社中丸商店
ほか一名
主文
被告らは、原告に対し各自金一五万円及びこれに対する昭和四一年八月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その三を被告ら、その二を原告の負担とする。
この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
(原告の申立て)
原告訴訟代理人は
(一) 被告らは、原告に対し各自金一、四五〇、〇三二円及びこれに対する昭和四一年八月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
(請求の原因)
原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は、次のような交通事故にあつた。
(イ) 日時 昭和四〇年一月二七日午後五時頃。
(ロ) 場所 広島市水主町三二八番地先水主町交差点西側横断歩道の路上。
(ハ) 加害車 被告岩斗の運転する被告会社所有の軽四輪トラツク(六広ひ七九九号)
(ニ) 事故の態様 被告岩斗は、加害車を運転し、右交差点を右折するに際し、北進横断中の自転車に乗つた原告に接触転倒させたもの。
(ホ) 受傷 右大腿骨頸部骨折挫傷の傷害を受け、現在なお高橋病院で治療を受けている。
二、被告岩斗は、被告会社の業務のため自動車を運転し前記交差点を右折するに際し、自転車乗用の原告が北進中であるのを発見しながら、徐行することを怠り漫然右折進行して事故をおこした過失がある。
被告会社は、同岩斗を自動車運転者として雇用し、加害車の保有者であるから、被告岩斗と連帯して原告の損害を賠償すべきものである。
三、原告は、前記事故により次の損害を蒙つた。
(一) 治療費等 金三〇万二、一二八円
原告は、事故発生の直後広島市中町高橋病院に入院し、治療を現在なお受けているが、その費用は一か月金四万円を必要とする。しかし被告らにおいて右治療費等の一部を負担したので昭和四〇年一月二七日から昭和四一年三月三一日までの残額六二、一二八円と同年四月一日から同年九月末日までの治療費二四〇、〇〇〇円の合計金三〇二、一二八円を原告は負担した。
(二) 得べかりし利益の喪失 金九四万七、九〇四円
(イ) 原告は、受傷当時日雇労働者として一日金五二〇円の収入があり一か月二五日の稼働として月収金一三、〇〇〇円であり生活費六、〇〇〇円を差し引くと一か月の純収入は金七、〇〇〇円である。事故発生から昭和四一年一〇月未日まで二一か月間の失つた収入は金一四七、〇〇〇円となる。
(ロ) 原告は、昭和四一年一一月一日当時満六七才であり、以後五・三年間は就労可能であるといえるから、年収一五六、〇〇〇円にこれを乗じその間の中間利息を控除して計算すると(単利年金現価率五・一三四)、金八〇〇、九〇四円が一時払を求める金額となる。
(ハ) 以上二口の合計金九四七、九〇四円が原告の本件事故の受傷により喪失した得べかりし利益である。
(三) 慰藉料 金二〇万円
原告は、妻子もない身の上であり、本件事故の傷害のため現在なお入院治療を受ける有様でその精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉するには、金二〇万円をもつて相当と考える。
四、以上のとおり、原告は、被告両名に対し各自合計金一、四五〇、〇三二円の損害金並びにこれに対する本訴状送達の日の翌日(昭和四一年八月二六日)以降年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
なお、被告らの主張に対し示談契約の成立は認めないが、昭和四〇年九月一四日被告らから金八万円を受領したこと、強制保険による後遺症の補償金として金四三万円を受領したことは認める、仮に示談契約が原告に意思に基づいてされたとしても、その当時原告によつて予見不可能な重い後遺症がその後発生したので右示談契約は、その限度において無効である、と述べた。
(被告らの答弁、主張)
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実のうち、原告主張の事故が発生したこと(ただし、原告の傷害の点は争う)、被告会社が運転者の被告岩斗を雇用し、事故車を所有すること、は認めるが、被告岩斗の過失に基づくことは争う、と述べ、次のように被告らの主張を明らかにした。
本件事故について当事者間に昭和四〇年三月三一日、同年九月一四日の二回にわたつて次の内容の示談契約が成立した。
(一) 原告の入院治療費、附添費等については、昭和四〇年八月三一日以前の分は被告らが責任を負う、それ以後の治療費関係は原告の責任において処理すること。
(二) 原告の後遺症に対する補償費は、自賠責保険に対し被害者請求をして原告が受領すること。
(三) 原告の慰藉料並びに休業補償費として、更に金八万円を被告らが支払うこと。
右の約旨に基づき、被告らは高橋病院に対し金六五万円を支払い、原告には右(三)の金員を同年九月一四日支払い、原告は右(二)の補償費として保険会社から金七三万円を受領している。
したがつて、被告らとしては、原告に対する一切の債務を完全に履行したものである。
(証拠関係)〔略〕
理由
被告岩斗は、被告会社の従業員であり、同会社所有の軽四輪貨物自動車(六広ひ七九九号)を運転し原告主張のような交通事故をおこしたことは、当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を綜合すると、原告は、右事故により乗用の自転車と共に転倒し、入院六か月を要すべき右大腿骨頸部骨折挫傷の傷害を受けたことが認められ、他に右認定を左右すべき証拠は存しない。
右交通事故が被告岩斗の業務上要求される注意義務違反の過失に基づき発生したことは、成立に争いのない甲第五ないし第八号証、弁論の全趣旨によつて優に肯認される。したがつて被告岩斗は不法行為者として原告の蒙つた損害を賠償すべく、被告会社は右の者の使用者及び加害車の保有者として右損害を賠償する義務のあることもいうを俟たないところである。
被告らが主張する示談契約が成立したことは、原告において印影を認めるので真正な成立を推認すべき乙第一、二号証によつて明らかであり、被告らにおいてその履行として金八万円を原告に支払つたことは当事者間に争いがなく、原告に要した治療費として金六五万円を高橋病院に支払つたことは〔証拠略〕によつて明らかである。さらに自賠責保険で後遺症の補償金として原告に金四三万円が支払れたことは原告の自認するところである。
右に反する原告本人尋問の結果は、証人高橋定の証言に対比して措信し難く、原告が右示談契約の成立により金銭的利益を受けているのであるから、原告自ら右契約を承認していたものというべきである。
被告会社代表者の尋問の結果によると、被告らは右示談金のほかに、それまでに、附添婦の費用として金二〇万九、〇〇〇円、休業補償費等として原告に対し合計金一二万七、〇〇〇円を支弁していることが認められる。
このような事情にある当者間において、前記示談契約が成立し、原告において被告らに対しその余の請求権を一切放棄していることは、注目を要するところである。
その効力について考えてみるに、〔証拠略〕を綜合すると、原告が未だ高橋病院から退院できず、治療を受けておることは明らかであり、それが主として原告のかかつていた古い梅毒並びに孤独な身上に原因があるにせよ、本件交通事故がその誘因を果していないとは断じ難いところである。それまでに受けた支払状況等からして、原告の蒙つた物的損害については、その余の請求権を放棄したものと認めるのは相当であろうが、未だにつづく受傷の治療と入院生活に伴う苦痛についての慰藉料の点については、右示談契約の効果が及ばないと解するのが相当である。
そこで本件審理にあらわれた事故の態様、原告の身上、今後の生活並びに傷害の程度等一切の事情を綜合すると、原告に対する慰藉料としては金一五万円をもつて相当とすべく、それを超える請求並びにその他の物的損害の請求はいずれも理由がないものというべきである。
そうすると、被告らは各自原告に対し右金一五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(昭和四一年八月二六日)以降年五分の割合による遅延損害金を支払うべく、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余をいずれも棄却すべく、民訴法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 熊佐義里)